アメリカ陸軍参謀総長
アメリカ陸軍参謀総長 Chief of Staff of the Army | |
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陸軍参謀総長識別章 | |
陸軍参謀総長旗 | |
現職者 ランディ・ジョージ(英語版)大将 就任日 2023年9月21日 | |
組織 | アメリカ合衆国陸軍省 |
所属機関 | アメリカ統合参謀本部 |
上官 | アメリカ合衆国陸軍長官 |
任命 | アメリカ合衆国大統領 上院の承認 |
任期 | 4年 戦争または国家緊急事態の間のみ、1回更新可能 |
根拠法令 | 合衆国法典第10編第3033条 10 U.S.C. § 3033 |
前身 | アメリカ陸軍総司令官 |
創設 | 1903年8月15日 |
初代 | サミュエル・ボールドウィン・マークス・ヤング(英語版)中将 |
略称 | CSA |
職務代行者 | 陸軍副参謀総長 |
ウェブサイト | www.army.mil |
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アメリカ合衆国陸軍参謀総長(アメリカりくぐんさんぼうそうちょう、英: Chief of Staff of the United States Army)は、アメリカ陸軍における最高位の軍人で、陸軍の軍備を整え、戦時への即応性を維持する責任を負う。他の軍種の参謀総長等と同じく、作戦上の指揮権限を有しない。統合参謀本部の一員でもあり、大統領及び及び国防長官の軍事顧問である[1]。
現在の陸軍参謀総長は、第41代参謀総長のランディ・ジョージ(英語版)陸軍大将。前任の第40代参謀総長のジェイムス・C・マコンビル(英語版)陸軍大将が2023年8月4日に退任した後は、後任の承認を上院共和党議員が阻止しているため空席となり、ランディ・ジョージ副参謀総長が参謀総長代行をしていた[2]。同年9月21日、アメリカ議会上院が陸軍参謀総長にランディ・ジョージ副参謀総長を充てる人事を承認し、トップ不在が解消された[3]。
歴史
1903年、陸軍参謀本部が創設された事により正式に設けられた。それ以前の陸軍軍人の最高職位の呼称は、アメリカ合衆国陸軍長官の直属たるアメリカ陸軍総司令官であった。例えば、南北戦争でユリシーズ・グラントが総司令官になったとき、前任者ヘンリー・ハレックは参謀総長の地位に「降格」されている。議会は第一次世界大戦参戦後に3人の陸軍少将を大将に昇進させたが、大戦後は大将昇進を認めなかったので、この3人の後は陸軍少将が参謀総長となった。しかしチャールズ・ペロット・サマーオールの在任中、大将職の海軍作戦部長と同格にするため、参謀総長も大将職とされた[4]。なお、議会が1939年8月に軍司令官(4人)を中将職とするまで、アメリカ陸軍に中将はいなかった[5]。
歴代陸軍参謀総長一覧
代 | 画像 | 氏名 | 階級 | 在任期間 |
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1 | サミュエル・ボールドウィン・マークス・ヤング(英語版) | 陸軍中将 | 1903年8月15日 - 1904年1月8日 | |
2 | アドナ・チャーフィー(英語版)[6] | 陸軍中将 | 1904年8月19日 - 1906年1月14日 | |
3 | ジョン・C・ベイツ(英語版) | 陸軍中将 | 1906年1月15日 - 1906年4月13日 | |
4 | J・フランクリン・ベル(英語版) | 陸軍少将 | 1906年4月14日 - 1910年4月21日 | |
5 | レオナルド・ウッド(英語版) | 陸軍少将 | 1910年4月22日 - 1914年4月21日 | |
6 | ウィリアム・ウォザースプーン(英語版) | 陸軍少将 | 1914年4月22日 - 1914年11月16日 | |
7 | ヒュー・L・スコット(英語版) | 陸軍少将 | 1914年11月17日 - 1917年9月22日 | |
8 | タスカー・H・ブリス(英語版) | 陸軍大将[7] | 1917年9月22日 - 1918年5月19日 | |
9 | ペイトン・C・マーチ(英語版) | 陸軍大将[8] | 1918年5月20日 - 1921年6月30日 | |
10 | ジョン・パーシング | 合衆国 総軍元帥[9] | 1921年7月1日 - 1924年9月13日 | |
11 | ジョン・L・ハインズ(英語版) | 陸軍少将 | 1924年9月14日 - 1926年11月20日 | |
12 | チャールズ・ペロット・サマーオール(英語版) | 陸軍大将[10] | 1926年11月21日 - 1930年11月20日 | |
13 | ダグラス・マッカーサー | 陸軍大将 | 1930年11月21日 - 1935年10月1日 | |
14 | マリン・クレイグ(英語版) | 陸軍大将 | 1935年10月2日 - 1939年8月31日 | |
15 | ジョージ・マーシャル | 陸軍元帥[11] | 1939年9月1日 - 1945年11月18日 | |
16 | ドワイト・D・アイゼンハワー | 陸軍元帥 | 1945年11月19日 - 1948年2月6日 | |
17 | オマー・ブラッドレー | 陸軍大将[12] | 1948年2月7日 - 1949年8月15日 | |
18 | ジョーゼフ・ロートン・コリンズ | 陸軍大将 | 1949年8月16日 - 1953年8月14日 | |
19 | マシュー・リッジウェイ | 陸軍大将 | 1953年8月15日 - 1955年6月29日 | |
20 | マクスウェル・D・テイラー | 陸軍大将 | 1955年6月30日 - 1959年6月30日 | |
21 | ライマン・L・レムニッツァー | 陸軍大将 | 1959年7月1日 - 1960年9月30日 | |
22 | ジョージ・H・デッカー(英語版) | 陸軍大将 | 1960年10月1日 - 1962年9月30日 | |
23 | アール・G・ウィーラー(英語版) | 陸軍大将 | 1962年10月1日 - 1964年7月2日 | |
24 | ハロルド・ケイス・ジョンソン(英語版) | 陸軍大将 | 1964年7月3日 - 1968年7月2日 | |
25 | ウィリアム・ウェストモーランド | 陸軍大将 | 1968年7月3日 - 1972年6月30日 | |
代行[13] | ブルース・パーマー・ジュニア(英語版) | 陸軍大将 | 1972年7月1日 - 1972年10月11日 | |
26 | クレイトン・エイブラムス | 陸軍大将 | 1972年10月12日 - 1974年9月4日[14] | |
27 | フレデリック・ウェイアンド | 陸軍大将 | 1974年10月3日 - 1976年9月30日 | |
28 | バーナード・W・ロジャース(英語版) | 陸軍大将 | 1976年10月1日 - 1979年6月21日 | |
29 | エドワード・C・メイヤー(英語版) | 陸軍大将 | 1979年6月22日 - 1983年6月21日 | |
30 | ジョン・A・ウィッカム・ジュニア | 陸軍大将 | 1983年7月23日 - 1987年6月23日 | |
31 | カール・E・ヴオノ(英語版) | 陸軍大将 | 1987年6月23日 - 1991年6月21日 | |
32 | ゴードン・R・サリヴァン(英語版) | 陸軍大将 | 1991年6月21日 - 1995年6月20日 | |
33 | デニス・J・ライマー(英語版) | 陸軍大将 | 1995年6月20日 - 1999年6月21日 | |
34 | エリック・シンセキ | 陸軍大将 | 1999年6月21日 - 2003年6月11日 | |
35 | ピーター・J・シューメイカー(英語版) | 陸軍大将 | 2003年8月1日[15] - 2007年4月10日 | |
36 | ジョージ・ケイシー・ジュニア | 陸軍大将 | 2007年4月10日 - 2011年4月11日[16] | |
37 | マーティン・デンプシー | 陸軍大将 | 2011年4月11日 - 2011年9月7日[17] | |
38 | レイモンド・オディエルノ | 陸軍大将 | 2011年9月7日 - 2015年8月14日 | |
39 | マーク・A・ミリー | 陸軍大将 | 2015年8月14日 - 2019年8月9日 | |
40 | ジェイムス・C・マッコンビル(英語版) | 陸軍大将 | 2019年8月9日 - 2023年8月4日 | |
- | ランディ・ジョージ(英語版) | 陸軍大将 | 2023年8月4日 - 2023年9月21日[18] | |
41 | 2023年9月21日 - |
脚注
出典
- ^ 合衆国法典第10編第151条 10 U.S.C. § 151
- ^ “アメリカ、海兵隊に続き陸軍もトップ空席 人事停滞で異例の事態”. 毎日新聞. (2023年8月5日). https://mainichi.jp/articles/20230805/k00/00m/030/016000c 2023年8月18日閲覧。
- ^ “米議会、陸軍と海兵隊トップを承認 不在解消”. 日本経済新聞. (2023年9月22日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB225AN0S3A920C2000000/ 2023年11月4日閲覧。
- ^ Why is the Colonel Called "Kernal"? by Raymond Oliver, Museum Curator, McClellan Aviation Museum. Office of History, Sacramento Air Logistics Center, McClellan AFB, CA, 1983.
- ^ An Act To provide for the rank and title of lieutenant general of the Regular Army.
- ^ 「機甲部隊の父」と呼ばれたアドナ・R・チャーフィー・ジュニア陸軍少将の父。
- ^ 参謀総長就任時の階級は少将。第一次世界大戦参戦により、1917年10月8日に大将へ昇任(6日付)。1888年に大将に任命されたフィリップ・シェリダン陸軍総司令官以来、約30年ぶりの大将昇任者。
- ^ 戦時階級の大将が消滅して、在任中の1920年7月1日に少将に戻る。
- ^ 5つ星の元帥よりもさらに上位とされる階級。この地位に任命されたのはパーシングと初代大統領ジョージ・ワシントン(1976年6月4日に議会によって追贈,存命時の最終階級は陸軍中将)の2人のみである。
- ^ 参謀総長就任時は少将。在任中の1929年2月23日に大将に昇任。
- ^ 参謀総長就任時は大将。在任中の1944年12月16日に元帥に昇任。
- ^ のちに統合参謀本部議長に就任し、同職在任中の1950年9月22日に元帥に昇任。
- ^ 陸軍副参謀総長として職務を代行。
- ^ 参謀総長在任のまま死去。
- ^ 特殊作戦軍司令官を務めたのち、2000年に一度退役。その後参謀総長職に指名されたことをうけて軍務に復帰。
- ^ Historical Resources Branch, アメリカ陸軍歴史センターの資料より。
- ^ 在任期間約5ヶ月という、近年の陸軍参謀総長の中では異例の短さであるが、これはマイケル・マレン統合参謀本部議長の後任に指名されたためである。
- ^ 副参謀総長職のまま参謀総長代行
関連項目
- アメリカ陸軍
- アメリカ合衆国陸軍省
- アメリカ合衆国陸軍長官
- アメリカ陸軍最先任上級曹長
- アメリカ統合参謀本部
- アメリカ陸軍副参謀総長(英語版)
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