中居時夫

中居 時夫
名前
愛称 トキーニョ
カタカナ ナカイ トキオ
ラテン文字 NAKAI Tokio
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1981-06-10) 1981年6月10日(43歳)
出身地 神奈川県横浜市
身長 175cm
体重 70kg
選手情報
ポジション MF・FW
利き足
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

中居 時夫(なかい ときお、1981年6月10日 -)は元プロサッカー選手。ポジションはMF、FW。

経歴

横浜マリノスジュニアユース、ユースでは中心選手として活躍。早くから注目されており、1996年にはU-16日本代表に選出され、U-17世界選手権(現・FIFA U-17ワールドカップ)予選のU-16アジアユース選手権に出場[1]。翌年には2種登録され、サテライトリーグでもプレーした[2]

しかし1999年4月にクラブと高校を辞めて、イタリアに渡る。下部カテゴリの数クラブでプレーし、2002年には当時セリエC2に所属していたACプロ・セストとプロ契約を果たすが、2003年に同リーグの外国人枠撤廃の問題により帰国[3]

帰国後はショックのあまり、1~2ヶ月は家に引き篭もってしまう[4]。その後、古巣の横浜F・マリノスの練習や東京ヴェルディの入団テストに参加するも入団には至らず、横浜スポーツ&カルチャークラブへ入団[5]。以降はアルバイトをしながら、国内の数クラブでプレーを続けた[4]

2009年、知人から紹介されたアンジェロ・コロンボを介し、再度イタリアに渡り、FCボルツァーノ1996に加入。

2010年にはドイツに渡り、2013年頃から同国にサッカー留学をする選手のサポート業務も並行して行っている[4]

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大により、シーズンが途中で打ち切りになって以降、プレーは行っておらず、事実上の引退となった[4]

2021年からはJFA登録仲介人の柳田佑介が代表取締役を務めるグロボル・フットビズ・コンサルティングのスタッフとして働き、斉藤光毅を担当している。

所属クラブ

脚注

  1. ^ “【寺野典子コラム】ドイツで限界を問う日本人選手”. ライブドアニュース. 2022年2月19日閲覧。
  2. ^ “海外組のリアル 「覚悟」(1) 阿部勇樹が認めた才能(杉山孝) - 個人”. Yahoo!ニュース. 2022年2月19日閲覧。
  3. ^ “海外組のリアル 「覚悟」(2) カッサーノの称賛と最後に待ち受けた地獄(杉山孝) - 個人”. Yahoo!ニュース. 2022年2月19日閲覧。
  4. ^ a b c d “38歳まで欧州でプレーした“消えた天才”の今 失意のセリエA挑戦を経て、現在は斉藤光毅のサポートに”. スポーツナビ. 2024年9月17日閲覧。
  5. ^ “海外組のリアル 「覚悟」(3) 日本人ブームに沸くドイツでの違和感(杉山孝) - 個人”. Yahoo!ニュース. 2022年2月19日閲覧。

関連項目

外部リンク

  • 中居時夫 - FootballDatabase.eu (英語)Edit on Wikidata
  • 中居時夫 - Transfermarkt.comによる選手データ (英語)Edit on Wikidata
  • オフィシャルブログ
  • 中居時夫 (@tokigno0610) - X(旧Twitter)
  • 中居時夫 (@tokigno_81) - Instagram